ストラディヴァリウス1710年製ヴァイオリン「カンポセリーチェ」
ストラディヴァリウス「カンポセリーチェ」を通しての体験
1710年製ストラディヴァリウス「カンポセリーチェ」をこの数シーズンにわたって演奏できたことは、本当に特別な経験であり、私にとって大きな芸術的な成長の旅となりました。音色の幅はとても豊かで、大きなコンサートホールでは華やかに響き渡る一方で、室内楽では親密で温かみのある音を奏でてくれます。
「カンポセリーチェ」を特に際立たせているのは、高音域での独特の澄んだ響きと、どんなに繊細な弓さばきにもすぐに応えてくれる反応の良さです。そのおかげで技術面での自信だけでなく表現する際の勇気を持つことが出来るようになったほか、音作りに対する意識が高まりました。
個人的な変化と成長
「カンポセリーチェ」と過ごした時間は、私の音楽家としての成長にとても大きな影響をもたらしました。私と楽器とのパートナーシップを最もよく表しているのが、ドイツ・グラモフォンからリリースした2枚の録音、『Beethoven and Beyond』(2023年)と『Paganini 24 Caprices』(2025年)です。『Beethoven and Beyond』では、クライスラーやサン=サーンス、ヴィエニャフスキといったロマン派の作品を解釈するうえで、「カンポセリーチェ」の存在は欠かせませんでした。その特別な響きによって、感情の新しい色合いが次々と見えてきて、どの作品も芸術的な対話のように感じられたのです。2作目の『Paganini 24 Caprices』では、このヴァイオリンの万華鏡のように多彩な音色は、特に室内楽やオーケストラと共演したカプリースにおいて、技巧の背後にある音楽を明らかにするために不可欠でした。
私が発見した色彩やニュアンスは、すべてこの録音に永遠に残されると思います。これらのプロジェクトでは、「カンポセリーチェ」を単なる道具ではなく、私の声を形作る「相棒」として取り上げています。
さらに、この楽器が持つ歴史的な重みも、私に大きな責任感を与えてくれました。何世紀にもわたる音楽史において鳴り続けてきた楽器を弾くと、私よりも前にその楽器を愛奏していたヴァイオリニストたちの系譜にさらに共感することが出来ます。
次に貸与を受ける方たちへ
これから楽器貸与の申請を考えている方には、数か月にわたって忍耐と素直さが試されるので、楽器と対話しながら演奏されることをお勧めします。最初は「楽器に仕える」ように感じるかもしれませんが、やがて楽器が自分に応えてくれる瞬間が訪れます。
ヴァイオリンのあらゆる側面を尊重することがとても大切です。メンテナンスに時間を惜しまず、環境の変化に気を配り、楽器がさりげなく返してくれるフィードバックに耳を澄ませてください。こうした特別な楽器には個性があり、自分の限界を押し広げ、音楽的なアイデンティティの新しい一面を見つけるためのインスピレーションを与えてくれます。
ストラディヴァリウス「カンポセリーチェ」を託してくださった日本音楽財団に、心から感謝しています。私の心に残り続けるのは楽器だけではなく、これまでご一緒させていただいた素晴らしいチームの皆さまも同様です。この経験は、私の技術や解釈を大きく広げてくれただけでなく、世界中の聴衆に素晴らしい音楽を届けていきたいという思いをさらに強くしてくれました。次に貸与を受ける皆さまにとって、貸与される楽器が演奏の道具ということだけでなく、生涯にわたる真の“師”を見出されることを願っています。
心からの感謝を込めて
マリア・ドゥエニャス(ヴァイオリニスト)
(2025年8月)