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| 「パガニーニ・クヮルテット」 Paganini Quartet |
17世紀後半から18世紀前半にかけてイタリア・クレモナ地方で活躍した名弦楽器製作者アントニオ・ストラディヴァリ(1644-1737)製作による楽器で構成されたクヮルテットは、世界で6セットの存在が知られており、このクヮルテットはその1つである。19世紀におけるイタリアの卓越したヴァイオリンの巨匠ニコロ・パガニーニ(1782〜1840)が所有していた。日本音楽財団は、1994年にアメリカ・ワシントンD.C.のコーコラン美術館からこのクヮルテットを購入し、4挺をセットとして、弦楽四重奏団に貸与している。 |
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| 1700年製ヴァイオリン「ドラゴネッティ」 Dragonetti |
このヴァイオリンはネックの部分が製作当時のオリジナルのままという、とても貴重な楽器である。著名なコントラバス奏者ドメニコ・ドラゴネッティ(1763〜1846)によって大切に所有されていたことから現在この名前で呼ばれている。日本音楽財団の購入直前には、世界的に名の知られているヴァイオリン奏者、フランク・ペーター・ツィンマーマン(1965〜)によって演奏されていた。 |
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| 1702年製ヴァイオリン「ロード・ニューランズ」 Lord Newlands |
イギリスのニューランズ卿(1890〜1929)によって生涯大切にされていたため現在この名前で呼ばれている。1964年から1982年にこの楽器を保管していたロンドンのヒル商会が、1973年にバースの古楽器名器展にて、当時のヒル商会を代表する楽器としてこのヴァイオリンを展示していた。楽器の保存状態が優れているだけでなく、その音質の良さでも知られており、以前このヴァイオリンを演奏したアイザック・スターン(1920〜2001)は、自身が所有しているグァルネリ・デル・ジェスと同じパワーを感じると語ったという。 |
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| 1708年製ヴァイオリン「ハギンス」 Huggins |
イギリスの天文学者であるウィリアム・ハギンス卿(1824〜1910)が、1880年頃ウィーンの皇帝からこの楽器を購入し、所有していたことから「ハギンス」と呼ばれている。日本音楽財団は1997年よりベルギー・エリザベート王妃国際音楽コンクール・ヴァイオリン部門優勝者にこの楽器を貸与し、コンクールの発展と演奏家の技術向上に寄与している。これまで、ニコライ・ズナイダー、バイバ・スクリデ、セルゲイ・ハチャトリアン、レイ・チェン、アンドレイ・バラーノフの各優勝者に貸与した。 |
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| 1709年製ヴァイオリン「エングルマン」 Engleman |
このヴァイオリンは、アメリカ海軍士官ヤング中佐が第二次世界大戦中に戦死するまで、ヤング家に約150年間大切に保管されていたため、保存状態において秀でている。当財団が保有する以前は、アメリカのアマチュア・ヴァイオリン奏者で収集家のエフレイム・エングルマンが所有していたため、現在はこの名前で親しまれている。 |
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| 1710年製ヴァイオリン「カンポセリーチェ」 Camposelice |
このヴァイオリンは、1880年代にフランスのカンポセリーチェ公爵の手に渡ったことから「カンポセリーチェ」と呼ばれている。1937年にはクレモナ古楽器名器展にキューネ博士のコレクションとして展示された。楽器の内側の状態はオリジナルのままであり、日本音楽財団が購入する前は、30年間以上ベルギーのアマチュア奏者のもとで大切に保管されていた。 |
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| 1714年製ヴァイオリン「ドルフィン」 Dolphin |
1800年代後半にこの楽器を所有していたジョージ・ハートは、光沢の美しい裏板のニスが優美な“イルカ”を思わせることから「ドルフィン」という名前を付けた。音色並びに楽器の保存状態が優れており、1715年製「アラード」、1716年製「メシア」に並ぶ世界3 大ストラディヴァリウスの1つと呼ばれている。また、巨匠ヤッシャ・ハイフェッツ(1901〜1987)が愛用していたことでも知られている。 |
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| 1715年製ヴァイオリン「ヨアヒム」 Joachim |
この楽器は、有名なハンガリーのヴァイオリン奏者、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831〜1907)が所有していたストラディヴァリウス1715年製ヴァイオリン5挺の内の1つである。また、ヨアヒムからヴァイオリンのレッスンを受けていた彼の兄弟の孫娘アディラ・アラニに遺贈されたことから「ヨアヒム=アラニ」という名前でも知られている。日本音楽財団が購入するまでは、アラニ家によって代々受け継がれてきた。 |
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| 1716年製ヴァイオリン「ブース」 Booth |
1855年頃にイギリスのブース夫人が所有していたため、現在の名が付けられている。彼女はヴァイオリンの才能を発揮した2人の息子たちのためにストラディヴァリウスのクヮルテットを形成しようと試み、この楽器を購入した。1931年にアメリカの名高いヴァイオリン奏者ミシャ・ミシャコフ(1896〜1981)の手に渡り、1961年にはニューヨークのホッティンガー・コレクションの一部となった。音色の美しさ、音の力強さにおいて知名度が高く、保存状態も優れている。1999年に当財団が購入した。 |
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| 1717年製ヴァイオリン「サセルノ」 Sasserno |
1845年からフランスのサセルノ伯爵が所有していたことからこの名前で呼ばれている。1894年にはヴァイオリン奏者のオットー・ペイニガーによって所有され、後にイギリスで有名な醸造所を所有していたピカリング・フィップスが購入した。1906年にはイギリスの産業資本家ヘンリー・サマーズの手に渡り、それ以後90年以上に渡って同家で大切に保管されていたため、製作時のままのニスが多く残っており保存状態が非常に優れている。 |
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| 1722年製ヴァイオリン「ジュピター」 Jupiter |
このヴァイオリンは、1800年頃にイギリスの偉大なコレクター、ジェームス・ゴディングによって「ジュピター」と名付けられたといわれている。この楽器は大切に使用されてきたため保存状態が素晴らしく、オリジナル・ニスも全体に十分残っている。近年では、日本を代表するヴァイオリン奏者の1人、五嶋みどり(1971〜)が演奏していたことでも知られている。 |
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| 1725年製ヴァイオリン「ウィルヘルミ」 Wilhelmj |
1866年以降、約30年間この楽器を所有していた著名なドイツのヴァイオリン奏者、オウグスト・ウィルヘルミ(1845〜1908)に因んでこの名前が付けられた。ウィルヘルミの所有していた数多くのヴァイオリンのうち最も愛用されていた楽器だったが、「演奏者として華のあるうちに引退したい」との理由で、50代の若さで楽器を手放したという。 |
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| 1736年製ヴァイオリン「ムンツ」 Muntz |
楽器内側に貼られたラベルにはストラディヴァリ本人の手書きで「d'anni 92(92歳)」と書かれている珍しい楽器である。透明な黄褐色のニスが楽器のほぼ全体に綺麗に残っており、楽器の保存状態も音色も格段に優れている。1874年以降、英国の収集家ムンツが所有していたため、「ムンツ」と呼ばれている。1737年に死去したストラディヴァリが、最晩年に製作した楽器の1つとして知られている名器である。 |
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| 1696年製チェロ「ロード・アイレスフォード」 Lord Aylesford |
アマチュア奏者として有名であったイギリスのアイレスフォード卿が1780年代初期にイタリアの名高いヴァイオリン奏者フェリーチェ・デ・ジャルディーニ(1716〜1796)から購入し、その後アイレスフォード家に約100年間所有されていたことからこの名前が付けられた。1946年にはアメリカ・フィラデルフィア在住の世界的に著名なチェロ奏者グレゴール・ピアティゴルスキー(1903〜1976)の手に渡り、1950年から1965年には世界が認めるチェロの巨匠ヤーノシュ・シュタルケル(1924〜 )によって演奏会や35枚のレコーディングのために使用された。 |
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| 1730年製チェロ「フォイアマン」 Feuermann |
アントニオ・ストラディヴァリが製作したうち、現存するチェロは、約50挺といわれている。「フォイアマン」は普通のチェロと比べ、楽器本体の部分が細長い点が特徴である。1934年から世界的に著名なチェロ奏者、エマニュエル・フォイアマン(1902〜1942)が長年にわたり演奏活動に使用したことから、この名前で呼ばれている。フォイアマンは斎藤秀雄が師事したこともあり、日本でもよく知られている。 |
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グァルネリ・デル・ジェス1736年製ヴァイオリン「ムンツ」 Muntz |
アントニオ・ストラディヴァリと並び称される名工、バルトロメオ・ジュゼッペ・グァルネリ(グァルネリ・デル・ジェス)(1698〜1744)が製作したヴァイオリン。イギリスの収集家ムンツが一時期所有していたことから、この名前で親しまれている。日本音楽財団はストラディヴァリとデル・ジェスによって同じ1736年に製作された2挺の「ムンツ」を保有しており、それぞれの楽器の音色の特色を聴き比べるために、両方の楽器を使用したコンサートを開いている。 |
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| グァルネリ・デル・ジェス1740年製ヴァイオリン「イザイ」 Ysaye |
この楽器は、ベルギーの国家的ヴァイオリン奏者、ウジェーヌ・イザイ(1858〜1931)が所有していたことからこの名前が付けられた。楽器の中には小さなラベルが貼られ、赤いインクで「このデル・ジェスは私の生涯を通じて忠実なパートナーだった。イザイ1928」とフランス語で書かれている。イザイの国葬の際には棺の前をクッションに載せられ行進した名器としても知られ、その後、1965年に巨匠アイザック・スターン(1920〜2001)の所有となり生涯愛用された。この楽器は日本音楽財団が1998年に、アイザック・スターンから譲り受けたものである。 |
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| Photo by S. Yokoyama |
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